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■日本の「和」を産業化してグローバルスタンダードにする仕事をしています。■今、世界経済は共滅的危機状態です。この資本主義プレートから、本質的な変化が必要な時代です。ブログを通して、気付き合ったり、共にこれからの人間の生き方、社会を考えていける仲間と出会っていけたら嬉しいです。……………………20歳の時母親の急死をきっかけに家庭や親戚関係が大崩壊。一体何が良くて何が悪いのか。これからどう生きれば良いのか苦悩する。生き方のモデルを探すため、色んな本を読む。政治、経済、心理、歴史、文化、思想、哲学、宗教あたりは、この辺から追求しだす。今まで知らない世界を知る事は楽しい!夢中になったが、残念な事に知らない事を知りだすと、今まで見えなかった問題点も発見してしまい、今の社会システムの矛盾、日本や世界の出口の見えない問題と出会う。知れば知る程問題ばかりインプットして、解決策が分からない。人生最大のピンチはこの時かもしれない。その中で日本人の本来持っていた精神性の魅力に出会い、それを生き方の糧にするが、それでも多様な問題を解決出来ないと悩む中、2009年、自分のもっていた問題の本質とそれを一掃する代案とたくさんの仲間に出会う。今は一人一人の生き方の変化から、判断基準の違いをこえた本当の和の心を広げ、そこに経済をまわし、多様な個人、文化の個性が花開く日本と世界を創るため活動中。■人生一番最初に残っている記憶は、おじいちゃんがドロップのカンを振って、そのドロップの音につられておじいちゃんの膝の上に腰掛けた思い出。とても断片的ではありますが、私の目から見たらおじいちゃんはとても優しく包み込んでくれるような存在で、膝の上に居るのがとても嬉しくて安心しておじいちゃんが大好きだった思い出があります。おじいちゃんは私が3歳の時に癌で亡くなりました。それから、私は安心の海からいきなり厳しい日本海の荒波に飲み込まれるかの様に、父は見えない世界が見えるので、私には訳の分からない厳しさと母と祖母の不仲の中に入ることになる。子供ながらに、いかにこの家庭の平和を保つ事が出来るかを伺いながら育つ。父の論理、母の論理、おばあちゃんの論理、お兄ちゃんの論理。私は私の論理が分からない状態で、目の前の人の論理に共感し、目の前の人が嫌な思いをして、戦争が勃発しないように仲よくなれるように、顔色を伺いながらも、顔色を伺っていることをばれないように、楽しく陽気に接していました。私の建前人生の始まりである笑。このころ、これは言っても良い。これは言ってはいけないの○×の判断が染み込んで、それを20代半ばまで無意識で引きづる事になります。そんな私は父の厳しい教育の成果や、親戚も含め自分よりも年の下の子が居ないから、ゲームも勉強も運動も勝てず、お年玉も一番少なかったので、その悔しい相対比較から、とても負けず嫌いの根性がついていました。もっと大きくなって分からせてやる。と。これも20代半ばまで無意識でやってました涙。その後、誰にも心の内を出せず、高いプライドと孤独の中で、それを隠し面白い人を装って、人に認定される事だけど生き甲斐として生きていきます涙。認定されないと自分の存在意味が無くなってしまう恐怖感にさいなまれながら^^;途中、母の死や身近な人の死の経験や、あらゆる情報のインプットを通して、部分的な価値観の変化はあったのですが、根本的にはいつも同じパターンを繰り返して居ました。(当時は気付いていないのですが)そのモチベーションから出発して、ゆくゆくは20代半ばで、フリーランスのデザイン業で年収1000万近く稼ぐ様になる訳です。つづく。
テーマ: ブログ
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