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平成のはじまり生まれ。181cm/68kg心の中の葛藤や思ってることを書き連ねるブログ。保育園卒園時に親からもらった手紙で「たくましく男らしく育ってね」という言葉にたくましくなければ男じゃないのかと溶連菌感染症で入院していた病弱だった自分にとって違和感しかなく親から否定されたような絶望感を味わい性別の存在に疑問を抱きこの時から心を固く閉ざす。小4の部活動選択にて吹奏楽がやりたかったので第1希望に書いたものの周りから女がやるものをやるのかとからかわれ傷付きやりたくもないバスケ部へ入部。この時に性別の存在に対して恨みを持つ。そこでなぜか先輩から気に入られず嫌気が差し幽霊部員に。小6の時に吹奏楽部の顧問の先生からスカウトされ念願の吹奏楽部に入部するも思春期特有の女子からの冷たい態度に怠くなる。ここでもまた性別の存在に対して恨みを持つ(2度目)中学の部活は友人の影響で弓道部に入部。またなぜか先輩から気に入られず(2度目)しかしここはなぜか続けることができて気付けば先輩と一緒に大会に出たり記録係として同行させてもらったりと終いには弓道部主将をやらされる羽目に。高校進学は人生どうでも良かったので行く気も無かったが弓道部の顧問の先生からその高校で弓道部を立ち上げるらしいから行かないか?と言われ弓道部立ち上げのためだけに行った。あと家から一番近かった。笑高校へ進学し男の先輩1人、同級生のジャイ子のような女子1人、当時独身オバサンの顧問の先生と隣の高校の弓道部の顧問の先生の5人でスタート。バトミントン部を兼部していたが弓道に専念したくなり辞める。しかしとても楽しそうなみんなの姿が羨ましくなりまたバトミントン部へ戻ろうとするも弓道部の顧問の先生から強く引き留められる。結局弓道を続けることになった。高2の時には後輩たちに恵まれそして先輩が市民大会で入賞した実績から同好会から部への昇格が認められる。この時に弓道場建設の話が出て進められることに。高3の時には弓道場設立。初代弓道部部長となる。ここが人生のピークだと思い「二十歳で死のう」と決意する。就職先選びも弓道部の顧問の先生から地元の信金への就職を勧められ入庫。クーラーの効いた涼しい部屋でずっと仕事が出来ると甘い考えでいたため歯車が狂いだす。融資の仕事が全然覚えられずウツっぽくなる。その頃に支店長や営業推進部長から営業へ抜擢されやることになったが営業のえの字も知らなかったため速攻でキャパオーバーになり行き場を失い精神科の病院へ自ら足を運びSOS。結果、うつ病と診断され休職。3ヶ月目の休みに入ることに信金から呼び出し。人事部長より「このまま休まれてもうちが困る。 その調子だともう復帰出来るだろ?」と今でいうパワハラのようなことを受け治りきってはいなかったが迷惑はかけまいと無理やり復帰。復帰直後に異動が決まり数ヶ月後に支店長から「営業に回るか、辞めるかどちらかにしろ」と迫られ速攻で辞めることを伝え退職。3ヶ月間ニート生活で魂が腐る感覚を覚えお好み焼き屋でバイトを始める。バンドやりつつボイトレでオーディションをかじったり音楽活動もバイトを両立させていたがバイト先のメンバーがギャンブル好きでパチンコに誘われて勝ってしまいのめり込む。音楽活動よりもパチンコやバイト先のメンバーと遊ぶことが楽しくなってしまいバイト三昧に。(この間も全く恋愛はせず)24歳の時にアメリカにホームステイ。これを機に自国のことの知らなさに気付く。26歳で正社員として就職。とある新興宗教の信者の上司に出逢いそこで自分が漠然と求めていた正しさがここにある!とフィーリングで感じて信者になり勉強し始める。その頃もあまりに性愛に関心が持てないことに悩み仕事の付き合い+興味本位で風俗にチャレンジするもただただ冷静になっていくだけで何も楽しめず。改めて自分とは何なのかとショックを受けつつも生きる意味を模索中。今に至る。
テーマ: ブログ
サラリーマン・ビジネスマン
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